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似た者同士

 クラリネスの気候の変動は、リリアスよりも遥かに多い。
それを知ったのは、ハキがイザナの王妃になってからである。

 冬の寒さは比較的過ごしやすく、私の故郷と比べるとかなり
暖かいことは事実だ。それなのに、なぜ?…
ハキは大きなベッドに横たわった我が夫・イザナをただじっと
見つめていた。



「もう3月にもなろうかというのに、倒れるなんて…」
「ゴホッ…うるさい。俺にも想定外の出来事だ」



 はいはい。と冷たい水で洗い直したタオルをそっとおでこに置いた。
このあとの予定は、全てキャンセルのはずだが出来る範囲で自分が
対応することになっている。

 イザナほど政治的采配能力はないものの、ある程度ならば私にも
経験があるのだ。一肌脱がせてもらいたい。

 それを知っている彼は、先程から資料を見ながらここに注意しろ!
ここでの質問はやめておけなど…次から次へと指示を出す。

 ゼン王子に変わってもらいましょうか?と意地悪く質問すると、いや…
アイツにはまだ早いと言って口ごもった。普段は全く感情を表に出さない
はずの彼が弟思いであることは意外に知られていない。
 ただ、あの側近たちと宮廷薬剤師の白雪には充分すぎるほど伝わって
いるはずだとハキは思う。



「今日のお茶会…久しぶりだから楽しみにしてたのに」
「…すまない。埋め合わせする」
「イザナ…」
「ん?」
「…少しは私を頼って」



 泣きそうな声で囁く声色に、俺は思わず目を開けた。彼女は昔から
強い女性だと見られがちな部分がある。しかし、初めて会った時も
今も自分の印象が噂と一致することはなかった。

 ハキだけにしか見せられない顔があるように、彼女もまた俺だけにしか
見せない表情がある。人はきっとそれを愛しいと呼ぶのだろう。



「頼ってるさ…今は泣くなよ。化粧が崩れる」
「~~~泣かないわよ!あなたってこんな時でも意地悪なんだから!」



 彼女は照れながら立ち上がり、今日の予定が終わったらまた様子を
見に来るわと言って部屋を後にした。



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「ハキ様、お迎えに上がりました」



 諸外国との謁見で、私を部屋まで迎えに来たのはゼン王子の側近である
木々という者であった。彼女との対面は初めてではないが、実際に会話
するのは3か月ぶりのことである。

 まだ若いのに剣士と側近の役目をこなしているのだから、同じ女性の
立場からしても尊敬に値するものだ。憧れはするが、私は私のやり方で
陛下をお守りするとハキは決めていた。



「ゼン王子はどちらに?」
「はい。現在、ルーエン殿たちと一緒に応接間で待機しております」
「ルーエン?あぁ…私の前ではいつも通りの呼び方で良い」



 恐縮ですと頭を下げる木々は、以前ハキが何か落とし物をしていた件を
思い出した。ここで聞くべきだろうか…今さら蒸し返すのは失礼か…と
質問することに躊躇する。

 沈黙の中、廊下を歩き続けていると彼女が静かに振り向いて呟いた。



「そなたは…陛下をどう思っている?…ゼン王子の兄であることや国の主と
 いうことを抜きにしてだ」
「……聡明で才覚に溢れたお方だと思います」
「では、ゼン王子は?」
「……勇敢で私たちを飽きさせないお方だと思います」



 飽きさせない…か。それは少々自分たちの手を手こずらせる相手だと言って
居るも同然だ。ハキは思わず肩を揺らす。
 そなたは面白い表現の仕方をするのだな…まさに陛下もお前の言った通りの
お方だがやはり兄弟というものは似ていると続けた。

 勇敢で私たちを飽きさせない…それが陛下にも当てはまるのかと…笑って
しまった木々は思わず口を押さえる。
ハキは一瞬目を見開き、お互い苦労してるのね…つい普段の口調で言葉を
返した。

 普段とは180度違うその口調に木々は親近感を覚え、なるほど…この自然な
態度がイザナ様を支えているのかもしれない…
陛下が彼女を王妃にした理由がほんのわずかだが理解できた気がする。



「ハキ様…以前お探しされていた物は見つかりましたでしょうか」
「……フフ、心配ないわ」



 応接間の前まで来た木々は、小声でハキの後ろから話しかけた。その表情は
王妃の顔ではなく1人の女性の顔だった。

 私が部屋に入室するや否や、ゼン王子が席を立ち丁寧にお辞儀をする。少し
照れたがここはきちんと冷静に対応した。イザナの様子を聞かれたハキは今日
1日安静にしていれば問題ないと伝える。



「その分、ゼン王子には働いてもらわねば」
「はい、そのつもりです」



 にっこりと微笑んだハキは、以前に比べて大人っぽくなった彼に驚く。以前は
こんなにも頼もしく見えていただろうか…彼の手荒な教育の賜物か、それとも
他に目指すべき道を見つけたのか…はたまた守るべき大事なものが出来たか…
敢えて聞く必要はない。

 きっと私には見せない顔をミツヒデや木々は知っているのだろう。将来が
楽しみだわ…ハキは弟の成長ぶりを肌で感じながら、緊張している彼にウィンクを
捧げてから部屋を後にした。



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 長い間、眠っていたイザナは身体にかかる重圧に耐えかねてそっと
目を開ける。案の定、自分のそばで眠りに落ちているハキの姿を発見
した。

 どうやら無事に終わったようだな…彼女の顔を見て確信した自分は
起きないようにそっとハキの髪に触れる。
 いつからこんな風に強い女性になっていたのだろう…まだ危ういが
ハキの成長には目を見張るものがあった。



「…ん…」
「…起きたか?」



 具合はもう平気なの?と目をこすりながら机の上にある時計に視線を
流す彼女。時刻はもう夜の8時を指していた。食事がまだなら一緒に
食べないか?と言われたハキは、喜んでと微笑んだ。



「ゼン王子はいつの間に成長したの?びっくりしちゃった。きっと
 あなたの教育の賜物ね」
「そうか…いや、そう感じたのはたぶん…白雪のおかげだろう」



 白雪…彼女は今、リリアスで勉学に励んでいる宮廷薬剤師のことだ。
確か…オリンマリスの研究をしていたはずよね?とハキは尋ねた。
 初めて会った時は何者でもなかったが、今は若い頃の君とそっくりだ
とイザナは笑う。

 私と似ている…?どこが?と心底不思議そうな顔をしてこちらを見て
いるハキ。そうだな…1つ挙げるとすれば、ゼンのことを王子としてでは
なく普通の人間として接していたことだなと呟いた。



「う~ん、それは認めるわ」
「ハハ、何だ?自分のことを思い出したのか?」 
「だって!同じ年で王子だなんて…昔は思えなかったもの」



 あのときは…ゼンも母上が出て行って一番不安定な時期だった。
自分に期待している周囲の視線が痛いほど伝わって来て、弱音を吐ける
人物などいやしなかった。
 ただ…唯一、肩の力を抜いて話しかけてきたのが今俺の隣にいるハキで
あり、まさか俺の王妃になろうとは…

 最初はびっくりしたよ、皆の前で堂々とため口を聞くんだからな…
とイザナは肩を震わせて笑っている。もう時効でしょう!?と真っ赤に
なって怒り出した。



「…今は?」
「え?」
「今の君にとって俺はどんな存在だ?」



 ハキはそんな子供っぽい質問をする彼が珍しくて、思わず凝視する。
イザナは強そうに見えて実は弱い。勇敢そうに見えて実は臆病で…
大人だけど中身は子供っぽい。

 それは私も同じこと。国王という責務に就いたことで以前よりも
他人に本音をさらけ出せなくなっているのだろう。きっと…ゼン王子の
前ですら…



「何言ってるの、私にとっては今でもあの頃と変わらない好きな…」
「……好きな?」
「もう!あたしにばっかり言わせないで!!」
「プハッ…そうか…そう言ってもらえるとホッとする」
「まだまだ修行が足りないわよ、イザナ」



 たまにはイザナから好きだと言われてみたいと願うハキだが、側近が
夕食を運んできたところでこの話題はお開きに。
 ただ、ずっと愛しい顔で見つめる彼に緊張して大好きなポトフの味は
全く分からなかった。



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「陛下、体調はいかがですか?」


 翌朝、先日の資料を読み耽っているイザナの所に朝食を食べ終えた
ゼンが訪ねてきた。2人の時は「兄上」でよいと言っているだろう?
イザナは目線を下に向けたまま呟く。

 そうもいきません!と言いながら照れている様子が手に取るように
分かる。ハキの言う通り、やはり俺はゼンに甘いようだ。



「兄上、顔色がまだ優れないんじゃ…?」
「あぁ、薬は飲んでいるから心配するな」
「たまには私にも頼ってください」
「……」
「…な、何か?」
「いや…王妃にも同じことを言われたなと」



 王妃…ハキ様か…。俺の発言に驚いた様子のイザナはやはりよく似ている
と呟いた。長い間宮殿で暮らしていると皆同じような思考になっていくのか?
兄上は嬉しそうに笑っている。

 いつの間に頼もしくなった…か。もうあの頃のような子供ではないんだな…
イザナは少しだけ寂しさを覚えた。
 だが、弟の成長が間近で見られるなどこんな幸福なことはないはずだ。
白雪にもいつかは感謝の言葉を述べなければなるまい。



「ときに兄上…王妃様はいつもあんな感じなのですか?」
「あんなとは…?」
「いや、あの…誰にでもウィンクをされたりするお方なのかと…」



 プッ…ハハ…ハキが?お前にウィンクをしたのか?…それを聞いた兄上は
大層可笑しそうに笑い続ける。
 やはり似た者同士だな…ゼンが何のことです?と首をかしげながら2人の
出会いに改めて感謝するのであった。


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