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強くなれるその日まで

「貴志く~ん、どら焼き買ってきたから食べない?」



 すっかり秋の気配が外を支配し始めた頃、久しぶりに街へ
出掛けた塔子さんが買い物を終えて帰ってきた。

 お帰りなさい、何か良い物ありましたか?と笑って聞くと
今日はすき焼きよとお肉を目の前に広げ始める。

 いつもなら「どら焼き」目当てに先生が勢いよく階段から
降りてくるはずなのに姿が見えない。

 塔子さんも、あら?ニャンコちゃんはまだお昼寝かしらね
とお皿にどら焼きを並べてくれた。

 ゆっくり食べるのよと塔子さんから預かったどら焼きを
片手に持ちながら部屋に上がる夏目。



「ニャンコ先生、一緒にどら焼き食べないか?」
「何!?どら焼きだと!」



 また二日酔いで寝てたんだろ?先生と座りながら、溜息を
吐く。ふんと鼻を鳴らして得意そうに酒の瓶を見せびらかす
姿はいつ見ても腹が立つ。



「先生…顔 赤くないか?」
「ん~?うるしゃいぞ、夏目ぇ…」



 酔いが醒めてないのか、呂律も回っていない先生にあとで
食べたほうがいいんじゃないかと提案した。それでも食い意地の
張っている先生は全身を使ってどら焼きに手を伸ばす。



「先生…!?おい、ニャンコ先生!」



 いつの間にか顔を真っ赤にしていた先生は、大好きなどら焼きを
口に含んだまま床に倒れ込んだ。



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 妖怪も風邪をひくことがある事実を知った夏目だが、自分では
どうすることも出来ず助けを求めることに。



「すまないな、三篠…来てもらって」
「いや、我が主に名を呼んでもらえるのは嬉しいことだ」



 中級たちに伝えるときっと騒ぎ立てるだろうと思った夏目は
不本意ながらも友人帳で三篠を呼び出した。最初は驚いていた
彼も理由を聞いて納得したようだ。

 三篠は、森の奥から運んできた薬草を先生に飲ませている。
背後から酒の飲み過ぎなんじゃないのかい?と愉快そうに笑う
ヒノエ。

 彼女の話では、中級たちやチョビも面白がっていたためそのうち
この部屋を訪れるだろうとのことだった。



「夏目殿、この薬草を授けよう。またこのような事態になれば
 使うと良い」
「ありがとう、助かるよ」



 こんな時はやっぱり思い知る。
 先生と自分は、違う生き物なのだと…どんなに傍に居たくてもずっと
一緒には居られないんだ。人間には効く薬でも妖怪には役に立たない。

 僕の歩もうとしている道は…レイコさんが歩めなかった道は…
どんなに願っても叶わないものなのだろうか…
夏目は静かに目を閉じた。

 辛気臭い顔をしてるんじゃないよ!とヒノエから思いっきり頭を
叩かれて思わず体勢が崩れる夏目。

 痛い…何するんだよ!!と珍しく怒鳴ったらこれくらいじゃあ
死なないさと囁かれる。

 あんたが思う程、うちらは軟じゃないからねぇと彼女は着物から
取り出したキセルを口に差し込む。



「夏目、何十年先のことなんて誰にも分からないよ。ただ…私たちは
縁あってこの世界で出会えた…未来じゃない…
今、お前の傍に居たいんだよ」
「…斑もきっと同じ。友人帳なんて関係なく夏目殿の傍に居たいのさ」



 自分の考えていることが筒抜けなのか、何百年と生きている
妖怪たちの勘の鋭さなのか、夏目はありがとうと囁いた。



*****************************************************



 先生が目覚めたのは、深夜の12時を少し過ぎた頃だった。もう
大丈夫なのか?と尋ねれば心配ないと返される。

 体調が悪かったせいか、いつもの姿ではなく本来姿で寝ていた
先生は身体をゆっくり伸ばし始めた。

 ごめんな先生…体調の変化に気付かなくて…と本当に申し訳なさ
そうにうなだれる夏目を横目で盗み見る。

 儂の姿を見るのが久しぶりだったせいか、夏目はじっとこちらを
見つめていた。



「これが儂の本来の姿だ。永遠に変わることはない」
「うん…そうだね…」
「ならどうしてそんな顔をしている?」
「……いや……先生はやっぱり妖怪なんだよなぁと思って…」
「当たり前だろう…だが…儂もお前の傍に長く住み着いたものだ…
 レイコと同じように優しい匂いがするからかもな」



 初めて聞いた先生の本音に、自分は思わず目を見開く。それほど
不安な表情を浮かべていたのだろうか。夏目は反省した。
 
 いつの間に先生は家族のような存在になっていたのだろう…
僕は先生にとってどんな存在なんだろう…



『未来じゃない…今、お前の傍に居たいんだよ』



 ヒノエが僕に伝えようとしていた気持ちは痛い程理解している。
ただいつの間にか僕が弱くなってしまっただけなのだ。
 昔は、妖怪と深く関わることをあれだけ避けていたはずなのに
今は積極的に関わっている。



「先生…今回のことで分かったことがあるんだ…」
「何だ」
「僕は…先生を…当たり前のように存在している皆を失うことが怖いんだ…」



 人間とは、こんなにも弱いものなのか…斑はその事実を改めて
肯定の位置に置いた。レイコが歩けなかった道…それを着実に
歩もうとしてもがき苦しむ夏目。

 しかし、コヤツならきっと大丈夫だろう。祓い屋の小僧たちに
塔子夫妻や田沼たちもいるのだから…



「夏目…もっと強くなれ。それまで儂たちは…きっとお前の傍に居る」
「それは…友人帳のためだろう?」
「……ただの腐れ縁だ……阿呆め」



 うん…うん…とだけ呟きながら寄り添う夏目の顔を、斑はあえて
見ることはしなかった。
 最初に出会った頃は、何者をも受け付けない荒んだ瞳をしていた
というのに全く…厄介な人間になったものである。

 だが夏目…それで良いんだ…もっと厄介な人間になればいい…
人は妖怪と違って1人では生きられないのだから…

 明日になれば、三篠やヒノエたちが儂の様子を見に来るに違いない。
それまでは隣で眠る主の傍にいてやろう。

 お前が儂やみんなの名前を呼ぶ必要がなくなるその日まで…





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