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2つの影が重なる時

「僕は今までもこれからも…庵堂さんのバディです」



 青山から告げられた言葉は、彼が無事に退院した今でも自分の
心に焼き付いている。

 まるで、本当にずっとそばにいてくれるような言い方だった…
そんなこと…絶対にあるはずがないのに…

 蘭子はまだ傷口が癒えず、内勤の状態で書類整理をしている
青山を横目で確認しながら声をかけた。



「青山さん、私は今から聞き込みに行ってきます」
「あ、はい。分かりました!」
「青山、早く傷を治せよ~。我々だけじゃ庵堂の面倒は見切れんぞ」
「はぁ、ハハハ」



 その言葉を意識していた蘭子は何故か彼と視線を合わせることが
出来なくなってしまっていた。

 鈍感な青山にまで気づかれてしまい、僕って何か庵堂さんを怒らせる
ようなことしましたっけ?と聞かれる始末だ。

 別に…何もしていませんと答えても、だって目も合わせてくれない
じゃないですか!と眉を下げて困惑気味だった。

 私を困惑させているのはあなたです…と素直に真実を告げられたなら
苦労はしない。

 この15年間、自分を誘拐した犯人と父の行方を捜すことだけに専念
してきた自分にとってこの課題は重すぎる。

 明らかに以前より態度がよそよそしくなった庵堂の後ろ姿を見つめる
ことしか出来ない青山であった。



************************************************



「彼女の様子がおかしい?」



 昼休み、他事件で捜査が続いている解剖の所見を依頼に来た青山から
我が宿敵・庵堂蘭子の相談をされる相馬。

 いつもおかしいじゃないと最初は相手にもしなかったが、僕もそう
思ってたんですけど…といつになく神妙な面持ちだ。

 そんなに気になるなら理由を聞けばいいじゃない。呆れながら呟くと
いつもはぐらかされるんですとさらに付け加えた。



(まぁ、確かに彼女相手なら言い包められて終わりそうね)



 例の事件の顛末を聞いている相馬は、おおよそ庵堂の態度が変化した
理由に予想がついていたものの確信は持てない。

 あの女の考えてることが手に取るように分かるなんて…ついに私も
焼きが回ったかしらとため息を漏らす。

 2、3日後までには所見の結果を出せるようにするからまた来てと
落ち込んでいる彼に容赦なく突き付けた。










 どれくらいの時間が経っただろう…脳が甘いものを求めていると感じた
相馬は作業で使用する眼鏡をそっと机に置いた。

 すると、扉を叩き先程の案件と同じ書類を持って私を訪ねてきた人物に
驚きを隠せなかった自分は少しの間作業が止まる。



「…もしかしてお邪魔でしたか?」
「いいえ、今ちょうど休憩しようと思ってたとこだから」



 あと、来てもらって悪いんだけどその案件ならあんたのバディからつい
さっき依頼されたわよと丁寧に伝えた。

 そうですか…と普段の鋭い口調ではなくどこか気の抜けた彼女らしからぬ
声に青山の言っていたことが本当なのだと自分は確信を得る。

 おせっかいかもしれないけど、青山くんがあんたのこと心配してたと
言い放つと閉じられていた瞳が大きく開く。

 あのねぇ…彼のこと心配してるのは分かるけど急にそんな態度取られたら
誰だって戸惑うでしょ?と見かねた相馬は説教を始めた。

 彼の行動を怒ってるんなら怒ってるって言わないと分かるわけないじゃない。
ただでさえあんたの感情読めないんだから…とさらに呆れられる。



「何迷ってるのよ?
相手がいるんだから傷付いても思ってることを伝えるべきなんじゃないの?」
「…でもそれは…今言うべきことじゃないと思います…」
「その推理…明確に否定します」



 自分の普段使っている口癖を真似されたことにびっくりした蘭子は、背を
向けていた体をこちらに向けた。



「何よその顔、四六時中いつも言ってるでしょ。それに今、伝えるか伝えないかなんて
あんたが決めることじゃない。それに…私はあんたが羨ましいわ…
伝えたい相手が目の前にいるんだから」



 それは以前、彼女の元カレが事件に巻き込まれ命を落としたことを
言っているのだと蘭子は察した。

 きっと今でも悔やんでいるのだろう…でも、前に進むしかないことと
悲しければ泣けばよいことを諭したのは自分だ。



「まぁ…ライバルがいないとこっちも張り合いないし?」



 悪ぶった言い方も彼女の特徴であり、ある意味一つの優しさなのだと
いう事実を庵堂は最近知った。

 私は周りを見ているようで、実は何にも見えてなかったのかもしれない…
この数カ月で自分が変わったのは間違いなく彼のおかげなのだから…

 もちろん、今目の前で私に毒づいている彼女もまた自分を変えてくれた
1人であることに違いない。



「相馬さん…その推理、明確に肯定します」
「…はいはい」



 いつもの調子を取り戻した庵堂の背中を見送りつつ、借りは返した
からね…と静かに呟く相馬であった。



***********************************************



 定時を2時間ほど過ぎてから部屋に戻った庵堂は、まだ明かりが
ついていることに驚いた。

 扉を開けると、青山がまだ大量に積まれた書類整理を片付けている
最中のようだ。

 お疲れ様です!と自分も疲れているだろうに明るい声で私に挨拶
する彼を本当はとても尊敬している。

 しかし、私の口からそんなことを漏らせば単純な彼は間違いなく
調子に乗るだろう。だからあえて伝えたりはしない。



「庵堂さん」
「…何ですか?」



 もしかして僕のことで何か怒ってるんじゃないですか?えっと…
自分なりに色々考えてみたんですけど…

 私が怒っている理由も分からないのに謝ろうとしてるんですか?
と冷ややかに庵堂は返事をする。

 すみません…と頭を抱えて絞り出された謝罪の言葉は、蘭子の胸に
ひどく響いた。



「あなたのケガを聞いて私が平気だったと思うんですか?」



 今まで見たこともない真剣な彼女の眼差しに一瞬だけ言葉を失う
青山はようやく今までの態度の意味を理解する。

 私は…あなたを失うかもしれないと思って怖かったですと正直に
自分の気持ちを吐露した蘭子。

 そうか…そうだよな…庵堂さんは今まで大切な人を失う怖さを
一番知っているわけで…

 こんな俺でも少しは必要としてくれてたのかな…僕はずっと傍に
いるって告白みたいな言葉を言ってしまったけど…

 もしかしたら…俺はその約束を永遠に破ってしまっていたかも
しれないんだ…

 そんな大事なことに気付けなかったなんて…彼女のバディどころか
人間として最低じゃないか…

 もう隠せないところまで来ている自分の気持ちを青山はついに
自覚してしまう。

 そうだ…俺はもうずっと前から彼女のことが…庵堂さんのことが
好きなんだ…

 何も答えない青山を不安に思ったのか、大丈夫ですか?と思わず
声をかけた蘭子の手を引き寄せた。



「庵堂さん…僕は今までもこれからも…あなたのバディです」
「分かっています」
「それは…仕事だけじゃなくて…もし叶うなら…1人の女性としても
 あなたのことを守りたいです」



 予期せぬ言葉に立ち尽くす彼女を見て、青山は恥ずかしさからか
顔が真っ赤になっている。

 いや、あの…ただの願望なんで!今すぐ庵堂さんと恋人になりたい
とかそういうわけじゃ…なくてですね…

 まるで学生の頃に戻ったような彼の態度に、放心状態だった自分も
ようやく我に返った。



「……青山さん」
「は、はいっ!?」
「……今まで1人で生きてきた私にはその課題は重すぎます」



 遠回しにフラれたのかと思った青山は、そうですよね。すみません…
もう2度と言いませんからと頭を下げた。

 今も繋がれている手を放そうとした彼に、庵堂は引き止めながら
逆に強く握り返す。



「だから…一緒に解決してくれませんか?」
「……え?」
「私も…あなたに傍にいてほしいから」



 蘭子の言葉に、今度は青山が放心状態になってしまうが堪えきれずに
彼女が笑い出してしまう。

 そういうところが好きです…視線を合わせない代わりに自分の肩に
顔を埋める彼女を青山は静かに抱きしめた。





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