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手強い恋人

 私、宮崎千尋は日付が変わっても明日の重大イベントに着ていく
ためのコーデが決まらず途方に暮れていた。

 なぜなら、明日は念願の岸先生との初デートだからである。
大人っぽく見える服装ってどんな感じだろう…いつものジーンズだと
子供っぽいって言われそう。

 こんなことなら仕事帰りにワンピースでも買ってくればよかったと
頭を抱える智尋。

 デートに誘われたのはつい数時間前のことで、珍しく仕事を終えて
早く帰ろうとした矢先だった。








「お前、明日 空いてる?」
「え?はい。特に予定はありませんけど」
「……じゃあ、駅前のコーヒー店に11時集合な」



 不思議そうに何か講演会でも入ったんですか?と当たり前のように
聞いてくる鈍感な部下にめまいがする岸。

 違う、ただのデートだときっぱり告げると、みるみる顔を赤くして
固まっている。

 行くの?行かないの?といつもの口調で問いただすと、行きます!
と大きな返事が返ってきた。

 それから岸先生の顔を見ることなくその場を後にした自分だったが
明らかに挙動不審だったに違いない。

 何なのあのスマートな誘い方!経験豊富であろう彼と全く初心者の
自分はかみ合わない部分が多い気がする。

 それでもこんな私を好きだと言ってくれた…もちろん私も先生が好きで…
今はそれだけで十分だと自分に言い聞かせ早々に眠りについた。



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「遅れてすみませんでした!!」



 アラームをセットしていたにも関わらず、深夜まで服選びに時間を
かけていた私は30分も遅刻してしまった。

 結局、いつもと変わらないジーンズとお洒落なブラウスにコートを
合わせただけのラフな格好だ。

 反省している自分に岸先生は、大丈夫 想定内だからと嬉しそうに
笑って歩き出す。



「お、お腹すいてませんか?先生」
「あぁ、そうだな。飯食った後、映画でも見るか」



 はい…と恥ずかしそうに俯いた私の手をそっと握りしめてきた先生に
驚いた声を発してしまうとさらに笑われた。

 慣れてるわけじゃないと思うけど、色んな女性とお付き合いしてきた
んだろうな…と余計なことを考えてしまう。

 映画館に入っても岸の手は離れることなく、緊張しすぎて意識が手に
向かっている自分は映画の内容など全く頭に入ってこない。

 自分ばっかりドキドキしているようで何だか悔しい智尋だったが時間は
あっという間に過ぎていった。

 売店で売っていたパンフレットを買って戻ると、岸先生は向こうから
素敵な男性と歩く大人っぽい女性に視線を向けている。

 やっぱりワンピースにすれば良かったかなとジーンズを見つめながら
足が止まる智尋。

 どうかしたか?と心配した岸先生が後ろを振り向くと無性に悲しくなり
いつの間にか涙がこぼれていた。



「な、何だ。腹でも痛いのか!?」
「っ…違いますよぉ…先生はどうして怒らないんですか…」
「お、怒る?」
「私子供だから…あんな風に綺麗で大人っぽくないし…今日だって
 いつもと同じ格好で…」
「誰のこと言ってんの。俺はお前が良いからデートしてるんだけど」



 初デートだったのに遅刻しちゃって、失敗ばっかりだし…さっきまで
目の前を歩いてた綺麗な人に見とれてたじゃないですか…

 図星を突かれた岸は、違うよ…あの服お前に似合いそうだなぁって
見てただけと小さく呟かれた。

 正直に言うと、お前に色気は期待してないし、俺が好きになったのは
外見じゃなくて中身だからと頭を撫でられる。

 そういうお前こそ、こんなおじさんじゃなくて若い同年代の青年と
一緒に居た方が楽しいんじゃないのか?と苦笑いされてしまう。

 ショックを受けた智尋は、私は岸先生が好きなんです!知らない人と
一緒にいても楽しくないです!と思いっきり噛みついた。

 だろ?それと一緒だよと照れたように頭を叩く先生に、すみません…
と取り乱したことを素直に謝る。



「いやいや、嫉妬してくれて嬉しいねぇ」
「しっ!!…とって…違いますから!」
「はいはい、んじゃフランス料理とは言わないが…焼き鳥でも食うか?」
「~~~……はい……」



 むくれながらも自分の好物をさりげなくチョイスしてくれる先生には
やっぱり敵わないと思う智尋であった。



********************************************************



 近くの居酒屋に入った岸たちは、それぞれ自分の好きなネタを交互に
頼み他愛もない会話を続ける。

 宮崎は、酒が弱いくせに軟骨や肝などクセのあるメニューを淡々と
口に運ぶ。



「先生はつくねが好きなんですね、意外です!」
「お前は酒飲みが好むようなネタが好きなんだな」
「いやぁ、父がお酒飲んでたからでしょうか…昔から好きなんです」



 なるほどねぇ…と妙に納得しながら、自分の好きなつくねと焼酎を
飲み至福の時間を過ごす岸。

 こんな風に誰かと穏やかに食事をしたのは久しぶりだと心の中で
思いながら饒舌になっていく宮崎の表情を静かに見つめていた。

 9時を回った頃、ほろ酔い気分になった俺たちは近くの最寄駅まで
歩こうとまだ賑わっているお店を出ることに。

 背後から千鳥足で歩いてくる彼女を気遣いながら、岸は時折声を
かけながら後ろを振り返る。

 するとしばらくして、突然大きな声を上げながら「行きま~す!」と
叫んだ彼女は俺に向かって突進してきた。



ゴンッ!!!



 勢い余った智尋は、狙った場所ではなく先生のおでこに思いっきり
激突してしまう。



「ってぇ…」
「ご、ごごご、ごめんなさい!!」



 何なんだ、お前はさっきから!と少しイラっとしながら振り返る
先生に驚いた私は思わず足がすくんだ。

 正直に話したら引かれちゃうかもしれない…でも…たまには自分
から彼を喜ばせたいと思ったから…

 昼間と同じように泣きそうになっている宮崎の顔を見た岸は
どうしたんだ?と優しく声をかける。



「わ、私も先生に触れたいなって…思っただけです…」



 予想外の言葉に耳を疑った岸だが、彼女の顔を見れば嘘ではない
ことは明白である。

 はぁ~…と岸は思わず盛大なため息を吐いた。呆れたわけじゃなく
心を落ち着かせるために。

 もしかして…もしかしてだが、この俺にキスしようとしたのか?と
問いただすと黙って頷かれた。

 これが計算でないのだから本当に恐ろしい。俺が今どんな気持ちで
立ってるのかさえきっと分かってないのだろう。

 美人じゃないし色気もない…大人の女性とは程遠いであろう宮崎千尋。
それでも俺には充分すぎるくらいの可愛い女だ。



「キスはこうするの」
「え?…んっ…」



 案の定、頬を赤く染めて静かに俯いている彼女を引き寄せてそっと
抱きしめた。

 柄にもなく緊張が感染り、思わず手が震える。愛しいという感情を
この年で初めて自覚することになろうとは。

 深い口付けは歯止めが利かなくなりそうだったので、軽く触れる
だけのキスに留める。



「どうしたい?」
「……え?」
「お前が良いなら、俺は朝までずっと隣に居るよ」



 ストレートな岸の言葉に今度は千尋が呆然と立ち尽くす番だった。
どうしよう…何て答えればいいの?

 今までそういう雰囲気になったことがないわけじゃない…でも…
いつもギリギリの所で先生は一歩引いていた。

 大好き…だけど、私にはまだ先生と一緒にいる勇気はない…
経験だってないし…何より怖い…

 戸惑っている自分に気付いたのか、冗談だ気にするなと頬を軽く
叩いて再び歩き出す岸。

 違う、違うの先生…待って…智尋は今を逃したら誤解したままの
関係になってしまうと思い正直に叫ぶ。



「先生!もう少し待っててください…私!本当に先生のこと好…」
「…分かってるよ」
「………」
「分かってる」



 お前の顔を見たら分かる…と手を握りしめながらそのまま駅まで
歩く2人。

 じゃあな、家に着いたら連絡しろよと頭をポンポンと撫でると
宮崎は無言で頷いた。



「京一郎さん…」
「え?」
「次は、朝までずっと一緒に居てください!!」



 周囲の人の目も気にせず真っ赤になって宣言した恋人は、俺の返事も
聞かずにホームの電車に飛び乗っていった。

 呆然と立ち尽くす俺の方へ注がれる視線は痛かったが、驚きのあまり
しばらく動けなかった。



「だから…それをやり逃げって言うんだよ…馬鹿」



 一筋縄ではいかない恋人の初めてを貰える日は本当に来るのだろうか…
帰り道、悶々と頭を抱える岸であった。




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