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君に笑ってほしいから

 これは、「嘘解きレトリック」の左右馬ではなくて、
義兄の篤嗣さんのお話です。奥さん好きだなぁ。

 あんまり知られている漫画ではないので、分からない
方も多いと思います。

 時系列としては、8巻ですね。
みんな、漫画をぜひ読んでください!!



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「家柄しかないのは私だ。
君にばかり何かを求めるのは おこがましい」



 篤嗣さんが初めて吐露してくれた想いは、私には充分すぎる
言葉だった。

 確かに、私との婚姻で彼が求めたものは、自分の家柄だけだ。
それでも、前回の駆け落ち事件では、ほんの少しだけ大切に
して下さっていることが伝わった。

 それに、左右馬さんという義弟の人柄も噂とはずいぶん違って
いたようだ。

 可愛らしい助手の彼女もいて、本当に自由に生きているような
感じで羨ましい気持ちも芽生えた。



「そういえば、明後日はバレンタインデーなのね・・・」



 夕飯を食べ終わり、読書を楽しんでいた澄子はカレンダーを
見てふと思う。

 この家に嫁いでから、澄子は篤嗣に「贈り物」をしたことなど
1度もない。

 それは、単にプレゼントしたいものがなかったわけではなく
受け取ってもらえないと思っていたからである。

 今年はお礼も込めて何か贈ってみようかしら・・・澄子は
少しだけ甘酸っぱい気持ちになった。



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「お帰りなさいませ」



 珍しく、20時前に帰宅した篤嗣を出迎えた私は大きい
袋にそっと視線を移す。

 きっと会社の女性たちから貰ったものだろう。私はあえて
見ないふりをした。

 そういえば、こんな風に彼の荷物を観察するのも初めてだ。
いつもは下ばかり向いて、まともに向き合ったことがなかった
からなのかもしれない。

 すると、あろうことか篤嗣さんは、自分のカバンから綺麗に
ラッピングされた小さな箱を取り出した。



「これは、君のだ」



 一瞬、何を言われたのか分からなかった自分は、「え?」と
素っ頓狂な声を発する。

 澄子は驚いた顔で、そのチョコレートの箱と篤嗣の表情を
交互に見つめていた。


「いや・・・そういえば、君に贈り物をしたことがなかったし・・・」
「私のために・・・買ってきて下さったのですか?」
「この間の件を、君はまだ気にしているかもしれないと思ってな」


 彼は何でもそつなくこなすように見えて、意外と不器用なのだと
知ったのは嫁いできてからだった。

 お互いに知らないことがまだ山ほどあるはずだ。彼が私に
素っ気ないのも私を思ってのことだと分かっている。


「篤嗣さん・・・」
「・・・・・・何だ」
「少しだけ・・・ご一緒に食べませんか?」


 引き出しから今日のお昼に購入したチョコレートを持ち出して
差し出す澄子。

 照れた顔を隠しもせずに、俺に笑いかける彼女を見ながら
篤嗣もふっと微笑んだ。

 家柄で選んだのは本当だが、彼女の懐の深さに気付いたのは
結婚してすぐのことだ。

 愛しい想いもなく、ただ世間体のために彼女を選んだだけの
俺を受け入れてくれたという事実。

 これ以上に懐の大きい女性がいるだろうか・・・篤嗣はあえて
澄子の領域に入らないようにしてきた。


「正直に言うと、甘いものは得意じゃない」
「フフ、知ってますわ。篤嗣さん、いつもデザートは残されていますから」


 これは、甘いものが苦手な方でも食べられるビター味という
種類なんだそうですと楽しそうに話している。


「左右馬様にもお贈りしておきました。あの可愛らしい助手さんにも」
「・・・・・・」
「いけませんでした・・・?」


 いや、そうじゃない。ただ・・・俺が君のように懐が大きかったら
左右馬とも違う関係が築けていたのかと思っただけだ・・・

 ビター味のチョコレートをつまみながら、篤嗣は窓の外を
眺めはじめた。


「今からでも出来るじゃないですか。遅くなんてありません」
「・・・君は・・・すごいな」
「はい。あなたが選んでくださった妻ですから」
「・・・フッ・・・そうか。なら、これからもよろしく頼む」
「・・・はい」


 その日、篤嗣は初めて澄子に「ありがとう」と告げることが出来た。



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